自分、35歳、独身、会社員。
週末になると、一人でキャンプに行く。もう何年も続けてる。
この前、会社の飲み会で、若い後輩に聞かれた。
「タケさん、なんで、いつも一人なんですか? 寂しくないんですか?」
その場では「まあ、好きだから」と適当に答えた。でも家に帰って、ふと考えた。
なんで、自分は一人でキャンプに行くんだろう。
真面目に考えてみた。今日は、その話を書く。オチはない。ただの自分語りだ。
理由その1:誰にも気を使わなくていい
まず、これがでかい。
平日、会社では、ずっと気を使ってる。上司の機嫌、取引先の顔色、部下の指導。数字のプレッシャー。
家に帰っても、スマホには通知が溜まってる。誰かの返信を待たせてる。何かに追われてる。
キャンプに一人で行くと、それが全部消える。
隣に誰もいない。話しかけなくていい。合わせなくていい。何時に起きても、何を食べても、誰も文句を言わない。
鶏肉を焼くのに失敗しても。火起こしに手間取っても。誰も見てない。誰も評価しない。
その自由が、たまらなく心地いい。
理由その2:頭が空っぽになる
これも大きい。
焚き火を見てると、頭が空っぽになる。
炎が揺れる。薪が爆ぜる。そのパチパチという音を聞いてると、いつの間にか何も考えてない。
普段、頭の中はうるさい。あの仕事どうしよう。あのメール返さなきゃ。あの人、機嫌悪かったな。ずっと何かが回ってる。
でも焚き火の前だと、それが止まる。
考えごとをしようとしても、できない。炎に持っていかれる。気づいたら1時間経ってる。
この「何も考えない時間」が、自分には必要なんだと思う。都会にいると、絶対に手に入らない。
理由その3:自分と向き合える
矛盾するようだけど。頭が空っぽになる一方で、ふと自分と向き合う瞬間もある。
星空を見上げてる時とか。テントで寝る前とか。
「自分、これでいいのかな」とか。「このまま35歳、40歳、50歳っていくのかな」とか。
普段は忙しくて考えないことを、ふと考える。
答えは出ない。出なくていい。ただ、自分の人生について、静かに考える時間。それがキャンプにはある。
誰かと一緒だと、こうはならない。会話があるから。一人だから、自分の内側に潜れる。
理由その4:飯がうまい
急に俗っぽくなるけど。これも本当だ。
外で食う飯は、うまい。
同じ鶏肉でも。家のコンロで焼くのと、炭火で焼くのとでは、全然違う。
理由はたぶん、味だけじゃない。空気がうまいからだ。焚き火の匂い、風の音、遠くの鳥の声。全部込みで、うまい。
冷えたビールを開ける、あの音。プシュッ。あれを静かな山の中で聞く。最高だ。
一人だから、誰にも取られない。全部、自分のペースで味わえる。
で、寂しくないのか
後輩の質問に戻る。「寂しくないんですか?」
正直に言う。たまに、寂しい。
焚き火を見てて、「これ、誰かと共有できたらいいのにな」と思う瞬間はある。星が綺麗な夜は、特に。
でも、そのちょっとした寂しさも込みで、いいんだと思う。
寂しさを感じるってことは、自分がちゃんと生きてる証拠だ。都会で忙しさに紛れてると、寂しさすら感じない。感じる暇がない。
一人で静かな場所にいるからこそ、自分の感情が見える。嬉しいも、寂しいも、全部。
その感情をちゃんと感じられる時間が、自分には必要なんだと思う。
一人が好きなだけで、人が嫌いなわけじゃない
念のため言っておく。
自分は、人が嫌いなわけじゃない。会社の仲間とも普通に飲みに行く。友達もいる。
ただ、たまに一人になりたい。それだけだ。
ずっと誰かといると疲れる。かといって、ずっと一人だと、それはそれできつい。
だから平日は、人の中で働いて。週末は、一人で山にいく。そのバランスが、自分にはちょうどいい。
一人キャンプは、そのバランスを取るための装置なんだと思う。
結局、なんで一人なのか
長々と書いた。まとめる。
自分が一人でキャンプに行くのは、誰にも気を使わなくていいから。頭が空っぽになるから。自分と向き合えるから。飯がうまいから。そして、ちょっとの寂しさも込みで、心地いいから。
要は、自分をリセットするために行ってる。
平日すり減った自分を、週末、山で元に戻す。そしてまた、月曜から働く。
その繰り返しで、自分はなんとかやってる。
もし、あなたが毎日に疲れてるなら。一人でどこか静かな場所に行ってみるのもいいかもしれない。
キャンプじゃなくてもいい。海でも、公園でも。一人になれる場所なら、どこでも。
自分の内側の声が聞こえてくる。それだけで、少し楽になる。
後輩には、今度こう答えよう。
「寂しくない、とは言わない。でも、その寂しさも含めて、必要なんだ」って。
たぶん、伝わらない。でもそれでいい。
いつか、あいつも一人でどこかに行きたくなる日が来る。その時に思い出せば、それでいい。
以上。
